2014年09月28日

普通の人っていますか?

たくさんの人と出会って話をしてみると、普通の人だなと感じる人に会うことはほとんどない、というより私の経験では一度もありません。
そもそも普通の人ってどんなイメージかと話をしてみると、人によって捉え方が違っているので、皆が共通でもっている普通の人のイメージは存在しないのかもしれません。
言ってみれば、自分が基準なのかなと……。
百人十色で、それぞれ個性があり、万が一「あの人は個性がない」と言われる人がいたら、それがまた個性なのかもしれないと思います。

一方、機械の場合は同じものを大量生産できます。
人間はまったく同じ人を大量生産することはできません。
しかし、こんな記事を読んだことがあります。
産業革命以降、大量生産の生産ラインを作ろうとすると、ロボットのように画一的な動きをする人が「良い」とされるようになってきたと。そこで、その生産ラインから外れる人は「悪い=普通じゃない人」とされるようになってしまったということ。
あくまで合理的に生産するということを「良い」とした場合の価値判断でしょうか。
「普通の人」という感覚は、そうしたところから出てきたものかもしれません。

ソーシャリアルコミュニティにおける「誰もが参加できる」というのは、全ての人に同じ価値を求めるのではなく、一人ひとり違う価値があるということを認めることだと考えています。

つまり、普通じゃない人、大歓迎ってことですね!

posted by 鈴木拓 at 10:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | ソーシャリアル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月26日

他人の間違いは許せないけれど知り合いなら許せる

住宅密集地や共同住宅で生活をしていて、時々、他人の生活音がトラブルの原因になっていることがあります。
不思議なもので、顔見知りの生活音は気にならないのに、他人の音は些細な事でも気になったりします。
仕事をしていて、何かのミスがあったとき、しっかりとコミュニケーションをとれている人だと許せるのに、見ず知らずの相手だと許せないということもあります。

普段から対面して人とコミュニケーショをとることで、単なる物事の「結果」だけでお付き合いするというのではなく、互いの良い面も悪い面も含めてお付き合いすることができるように思います。
そもそも、100%良い面しかない人はいませんし、それを期待することがおかしいのかもしれませんが、つい他人に対してはそれを求めてしまうのかもしれません。

ソーシャリアルコミュニティにおいても、リアルな人間関係を重視しています。
人と人がリアルな関係で繋がることによって、互いに許容できる範囲が広がり、安心して情報交換もできる環境ができるのではないかと考えています。

posted by 鈴木拓 at 09:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | ソーシャリアル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月22日

「DISLIKE(よくないね)」はいらない

Facebookには「LIKE(いいね)」という機能がありますが、「DISLIKE(よくないね)」という機能はありません。
私ははこれがとても重要なことだと考えています。

DISLIKEなことがあれば、直接顔を合わせた時に言えばいいですし、それができない程度の関係であれば、やはりLIKEという表現だけで十分だと思います。

匿名性が高い掲示板などでは、誰が評価したかわからないために、マイナスの評価もできる仕組みがあります。一方、個人を特定できるSNSでは、ポジティブな評価ののみとすることで、その場の秩序を保とうとしているのだと思います。

ソーシャリアルコミュニティの場である朝カフェの会では、「人の嫌がることをしない」ということを唯一のルールとしています。
これは、DISLIKEがないということと似ています。
対面しながら、それはちょっと気に入らないなと話すことは、DISLIKEボタンを押すという無機質な動作とは異なり、理解し合おうというポジティブなものだと捉えることができます。

こうしてみると、FacebookにLIKE(いいね)しかないということが、とても素敵なことだと思えてきませんか?

posted by 鈴木拓 at 21:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | ソーシャリアル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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